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第133回「キャプテンに特等席を」藤島 大

  菊谷崇が現役を退いた。来年のワールドカップ、ジャパンの試合でも、釜石のゲームでも、もちろんファイナルでも、この人は、すべての会場の特等席に招かれるべきだ。書きたいのはそれだけである。

  37歳。2月18日、ラグビー人生の原点である奈良県立御所工業高校、現在の御所実業のグラウンドで「引退試合」を行なった。『ラグビーリパブリック』の名物コラム、「ラグリパWest!」に詳細な報告があって、ああ、菊谷崇らしいなあ、と思った。

  本稿筆者が、 本当の菊谷ファンになったのは、2010年11月のある午後である。御所市の市民運動公園。最寄り駅のないグラウンドにたくましい体と憎めぬ顔を見つけた。当時は日本代表の現役キャプテンのはずである。御所実業。天理。花園出場権をかけた高校ラグビーの奈良県大会決勝がいよいよ始まる。観戦者までを修行僧の表情にさせる実力伯仲の決闘である。

  菊谷崇はそこにいた。目立ちはしない。むしろ気配を消すように熱戦に静かな視線を注いでいた。母校は緊迫の接戦を制した。ジャパンの主将はうれしそうだ。高校時代の辛く痛く楽しい思い出を胸に選手生活を終えた名も無きОBのような雰囲気をたたえていた。学窓を出てから何年がたっても、後輩や恩師への親愛を分厚い胸にとどめている。「いい人だ」と確信した。

  目立たぬように観戦、決着がつくや、ほんの少しの時間だけ挨拶や談笑をして、すぐに駐車場へ向かった。あっさりしていて、そこがまたよい。有名になっても無名の時間を大切にする。自分と同じ青春を過ごす後進たちを気にかけている。しかも自然体で。ますます、ひいきになった。だから「御所工業」での勇退のゲームは意外ではなく納得の微笑をさせられた。中学校では野球少年。まさに、ここの土地から、後年、ワールドカップを率いたリーダーは誕生したのである。実にふさわしい場所ではないか。

  『ラグビーリパブリック』の同コラムを引かせてもらう。
「恩師でもある御所実監督の竹田寛行はインゴール裏から見守る」。よき指導者の好む位置だ。さすが。そして「OB、高校生、ラグビースクール生、保護者、関係者ら約600人が集まる」。驚いてはならない。このくらいの人間が足を運んでも不思議はない。「日本代表キャップ68。トップリーグ通算出場156試合。歴代4位と5位の記録」(同)。見事な数字であり、さらにファンの特権として、御所工業―大阪体育大学―トヨタ自動車―キヤノン、それからジャパン、それぞれがそれぞれのレコードを超越する思い出を抱いている。

  あらためて記す。ジャパンのキャプテンとは、日本列島で楕円球にしがみついた者すべての象徴であり、頂点である。歴代主将は、もっともっと厚く遇されてよい。日本協会は、いっぺんでも日本代表のキャプテンシーを託された元選手の完全なリストを作成、例年のテストマッチ、こんどのワールドカップへの招待状を送るべきだ。プロボクシングの世界タイトルマッチの会場では、しばしば、リングサイドの元王者たちが紹介される。スポットライトを浴び、照れながら手を振る姿はいいものだ。

  強くて柔らかく自由で責任から逃げなかった男、菊谷崇、有史以来の「胸に桜のキャプテン」よ、どうかメイン席にゆったりと腰かけてください。

■筆者「藤島大」の略歴■スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『ラグビー特別便』(スキージャーナル)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン)、『キャンパスの匂い』(論創社)など。東京新聞(中日新聞)火曜夕刊にコラム連載中。
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