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第135回「見なくてよかったキノコ雲」 藤島 大

  死ななくてすんだ。殺さなくてよかった。心ある人間が、その心に従って、もう、これ以上は無理だ、正直に白旗を掲げるべきだ、と、自分よりも地位の上の者に意を決して伝えていれば。同僚を心から説得できていたなら。

  この季節、どうしても思う。1941年12月に真珠湾攻撃。ミッドウェー海戦の惨敗が翌42年6月初旬、ここで、実質の敗戦は決まっていた。43年、退却につぐ退却。44年10月、無謀な特攻作戦の開始。45年3月から6月、沖縄で県民の4人にひとりが命を奪われる。8月、原爆投下。そんな時間の経過にあって、実際に戦争計画を立案し、遂行もさせた指導的な軍人や官僚、政治家は、ひとりも、おのれの知性や良心に従わず、さりとて責任もさして引き受けず、負けるとわかった戦争を続けて、弱い立場の人々を死へと追いやった。

  どんなにきれいごとだと叱られようと書きたい。いまラグビーをすることが「異議あり」を排除せぬ人生に結ばれますように。眼前で起こりつつある事態が、いくら考えてもおかしいとわかったら、どんなに偉い人に命じられても「それは間違いだ」と唱えられる人格が培われますように。

  海軍の参謀本部にあたる「軍令部」に属した旧エリートたちが、時を経て、1980年から91年にかけて「反省会」を開いた。そのテープを入手したNHK取材班による『日本海軍400時間の証言』(新潮文庫)には、こんなやりとりが見つかる。ニューギニアの前線で戦った元中佐が言う。

  「本当に日本の自存自衛のために、日本の独立を守っていくためには、戦争せざるを得ないんだと、そういう考えで戦争に走ったと思うんですよ。そうじゃないんでしょうか」

  より中枢にあったはずの元大佐は言葉を返す。

  「それだと非常に良いんですがね、そうじゃないから問題になってるんですよ」

  こんな記述もある。なぜ戦争に至った。そう問われると、元軍令部員は「日米戦争になると必ず負けると思っていた」。そして「上官を説得するまではしなかったが」。みんなこうなのだ。当時、霞が関にあった軍令部の清潔な部屋、そこでの小さな忖度や保身、同調圧力への安易な屈服によって死者の数はふくらんだ。

  スポーツ界の権力者の専横、選手と競技そのものの私物化について、このところ、しきりに報じられている。もう少し時間がたつと、側近や近しい部下たちの「私も本当はおかしいと思っていたんですよ。でも、なかなか口に出せる雰囲気ではなくて」という弁解が始まる。

  このコラムの筆者にも赤面の記憶がある。20年ほど前の早稲田大学コーチ時代、目標の優勝には至らずシーズンが終わり、ある年配のOBとの会食、身内の甘えもあり、自分なら、こういう選手でこういう戦法にしたかった、と、話した。批判というつもりはまったくなく、感想というか独り言に近かった。すると、すぐに「あなたはチームの中にいたのだからそれを言ってはいけない」とたしなめられた。なるほど、もっと現場で主張すればよかっただけの話だ。

  さて、ラグビーと「異議あり」の関係について。前提としてチームで試合に臨む。監督やコーチがいて、目標設定、戦法立案、練習計画策定、レギュラーらのセレクションを担う。選手なら「決まったら信じて貫き通す」べきだ。そうでないとチームはチームでなくなる。ただの混沌とエゴに覆われてしまう。

  だからこそ、めざす場所とそのための方法を明確に打ち立てるからこそ、言論の自由、異議申し立ての自由はクラブの全構成員に認められる。ラグビーで勝ち切る。そのための方針がある。時間の限りもある。そうした「枠」がくっきりと存在するから、試合に出たい、花園へ行きたい、日本一になりたい、という、ひとりずつの切実さは際立ち、感受性も発達する。指導者は、(惑のつくクラブを除けば)たいがいは自分よりも若いだろう選手たちの鋭敏な感覚をすくいとるべきだ。

  本稿のキーボードを叩いているのは8月8日、あの夏、この次の日に長崎にキノコ雲は憎くもわいた。「閣下、こんな戦争はありえませんよ」。それどころか「いくらなんでもおしまいにしましょう」の一言が前にあったなら。まずラグビー部のミーティング部屋からだ(グラウンドでは迷わず走ったほうが強い)。

■筆者「藤島大」の略歴■スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『ラグビー特別便』(スキージャーナル)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン)、『キャンパスの匂い』(論創社)など。東京新聞(中日新聞)火曜夕刊にコラム連載中。
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