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第125回「虚しき要塞」藤島 大

  ジャパンとスコットランドの初戦を観戦、夜の試合だから、取材を終えて、豊田市駅発最終で名古屋に帰還したら午前零時を過ぎている。そこは抜かりなく、24時間営業かつ年中無休という謎にして驚異の大衆寿司店の存在を調査済み、ただちに仲間となだれこんで、真夜中の鉄火巻を和製カナッペに見立て、瓶ビールで流し入れながら「金正奎の心憎いターンオーバー」について語り合う。

  翌日午後、新幹線で東京へ。いま、その車中でこの原稿を書き始めた。最近、ひかりの自由席が好きになって、今回も1号車の列に並んだら、やけに混んでいた。満席か? なんとか3人掛けの端っこに滑り込んだ。よく目を凝らすとズルい人がいる。中年の女性。たくさんあとから乗ってくると察知するや、2人掛けの窓際から通路側に素早く移動、荷物を奥の座席に積み上げる。「そこ、よろしいですか」と声を掛けられないようにおのれの身で要塞を築くのだ。嫌な感じ。

  次の豊橋駅でさらに多くの旅客が乗車してきた。みんな席をつめて対処する。ズルの人はどうするのか。こうした。さらに自分の背中を通路側に向け、ひどくツイストして、がっちりと防御を固める。多くの人が奥の席は空いてますか、と確かめるように立ち止まるのだが、感情を閉ざし、出来損ないの石像のごとく冷たく無視する。

  では、ズルの人は勝利したのか。違う。名古屋を発って、豊橋が近づいたときの不安におびえる表情を見た。もう、ひと駅、この作戦で乗り切れるだろうか。心が乱れている。嫌な行ないが自分の心に濁った陰をこしらえる。もやもやと黒いアンフェアの塊。そういえば、このズルい女性は、山歩きのいでたちであった。どこかで澄んだ空気に囲まれ、自然に身を洗い、帰途、「隣の席に人をこさせぬ」というミクロの戦争に勝って、さて、なんになるのか。

  と、偉そうに書いている筆者も、かつて、自由席の旅では、自分の横に誰もこないでくれ、と祈ったこともある。ある日、そう思う気持ちが旅の喜びを削ると感じて、このごろは次の停車駅が迫ったら、潔く、隣のシートに置いた荷物を棚に上げて、さあ、くるならこい、と待ち構える。うんと楽になった。これなのか、大学のラグビー部時代に教わった「勝負に臨んでは我欲を断て」とは。

  人生のすべてにおいて「うしろめたさ」と無縁であるのは簡単ではない。でもラグビーの現場、たとえばグラウンド、あるいはファンのひとりとして観客席でも、その範疇で「きれい」であるくらいならなんとかなる。この空間と時間ではフェアに生きよう。そう決めたら生きられる。そのことは非日常のスポーツならではの特権かもしれない。新幹線自由席のほんの数時間くらいをラグビーの場、きれいでありたい場と見立てるのは、いざ実行してみるとそんなに難しくはなかった。

  社会が、そのときの体制の求める「正しさ」を押しつけ、庶民が監視し合うようになったら息苦しい。昔、何かの書物で読んだことがある。戦前、戦中、東京の市電で外国語大学の学生が英語のテキストを読んでいる。平和な時代であれば誰も気にしない。むしろ微笑ましく見る。やがて周囲の冷たい視線が注がれるようになり、とうとう誰かが「おい、英語の本を開くな」と声に出す。悲劇のキックオフである。

  ひかり号自由席の攻防はそうではない。ズルの人の要塞、10列のDとEをこっそりと斜め方向より観察しただけだ。山歩きのあとはフェアであったほうが気持ちがよいのに、と、ただ思った。ラグビーの猛練習のあとの試合当日と同じ心境のはずである。

■筆者「藤島大」の略歴■スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『ラグビー特別便』(スキージャーナル)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン)、『キャンパスの匂い』(論創社)など。東京新聞(中日新聞)火曜夕刊にコラム連載中。
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