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第127回「蹴れ。まっすぐ。」藤島 大

  喉が渇いた。カラカラだ。緊張と興奮と感激。だから高校ラグビーはしびれる。人間の心、まだ垢のつかぬ青春の魂が実にフェアにぶつかっている。10月30日。花園出場をかけた東京都大会の準々決勝、都立北園高校が、古くからの強豪、保善高校を19対14でリードして、これでどうやら最後のプレー、そうでなくとも、あとほんの少しで終了の土壇場、自陣でボールを確保、感動の勝利は迫った。

  どうするか。こうした。FWが小刻みにラック脇を刻みながら前進、ボールを守り、時間を潰す。北園の3年生が新入生のころ、数日間、コーチをしたことがあるので、この日は「お客さんになるな」というジャーナリズムの鉄則を破って、素直に応援していた。とはいえ、当時とは指導者も変わり、いまは関わっていないので、外から指示の声を張り上げるわけにはいかない。でも叫びたかった。その言葉は噴出寸前だった。

  「蹴れ。まっすぐ深く」

  北園は結束のよいモール、勤勉なラックを誇っているので、キープは間違いではない。それでも、こう言い切るほかないけれど、何十年もラグビーを見てきた身にはわかる。ここはキックだ。このままキープしても、うまく運ぶ限り、むしろ笛はならない。そもそも保善のFWのほうが骨格がひとつ大きい。どこかでターンオーバーされる。あるいは頭が下がって反則となる。単調なキープを繰り返すうちに守りにもリズムがでてくる。

  「蹴れ。まっすぐ深く」

  姑息にも、2年前によく教えたОBがそばにいたので、「お前が叫べ。蹴れ。まっすぐ深く、と。お前が」なんて腕をつついてしまった。そのОB、いまはタッチラグビーで日本トップ級の実力を培う大学2年生は、元臨時コーチのスポーツライターより、よほど品がよくて、後輩たちを信じ切っている。だから微笑しながらも無言。これはこれでよし、と、ちょっと感動していたら、案の定、ターンオーバー発生、そこからの保善の意地と迫力は見事で、とうとうインゴール左寄りに劇的な同点トライを許した。ゴールは決まらず引き分け。会場の本郷高校の設営テント前における抽選では、北園が準決勝進出を得たものの、それは勝負の外。まじめな攻防を続けた保善は負けてはいない。

  ゲームの焦点に戻るなら、最後の攻防、なぜ北園は蹴るべきか。試合を通して、保善のいわゆるバックスリーは、カウンター攻撃をさほど志向していなかった。また、これはどこの誰であってもそうなのだが、花園常連校でなければ、接戦に心の底からの自信と余裕を抱けるチームはまれだ。私学の伝統校として、ひと回り小柄な都立校との接戦の時間が長引くうちに、負けられない重圧はのしかかる。はつらつと立ち向かう北園よりも、どうしても心は乱れる。

  またタッチラインの外から、保善のひとりずつの表情を観察してると(長かったコーチ時代のクセが抜けないのです)、どうやら平常心ではなさそうだ。だから、最後の場面、とにかく遠くへまっすぐ蹴り込めば、残り時間から考えて、必ずそのまま走ってくる。みんなで追いかけてタックルをいくつか続けるうちにきっとミスをする。笛が鳴って終わる。

  なんて、わかったように述べられるのは、長く生きてきて、しかも外で観察しているからだ。自分があの年齢で名門に勝てそうになったら、キープ、キープに走っただろう。フィジカリティーにまさる保善が、相手のひたむきな抵抗に試合終了寸前までは焦り、北園のほうは、いよいよ白星が想起できて、わずかにリードする不安に襲われた(終了後、ひとりのFWは、最後は蹴ってほしかった、とゲームリーダーに心境を明かしている)。しみじみ、ラグビーとは心のゲームでもあるのだ。

  抽選の結果は、すぐ横から見ているのにわからなかった。どちらの主将も表情を変えない。おのおののチームが、テントとは反対の応援グルーブのところに向かい挨拶をすると、北園の側から歓声が挙がった。そこまでは見事に感情を押し殺した。もし自分が、世界で最高の待遇を得られ、人類に貢献し、誰もが入社したい企業の人事担当だとしたら、即、このふたりを採用するだろう。

■筆者「藤島大」の略歴■スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『ラグビー特別便』(スキージャーナル)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『スポーツ発熱地図』(ポプラ社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン)、『キャンパスの匂い』(論創社)など。東京新聞(中日新聞)火曜夕刊にコラム連載中。
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