第73回「創造性と性善説」
藤島 大
もちろんワイルドナイツのシーズンであった。残念な不祥事、旧態の全体責任の後味の悪さを含めてブレイブルーパスのシーズンでもあり、早稲田大学が最後に勝負の的を絞れたシーズンであり、グリーンロケッツをやっつけたブラックラムズをやっつけかけた帝京大学の地力充満のシーズンでもあった。ジャパンの幾つかの白星の価値も想像しておかなくてはならない。
しかし個人的には、2008-2009年度の国内ラグビーを「トップリーグが全般におもしろくなった最初のシーズン」とくくりたい。
よい方向へ進んだ。いわゆる中堅どころ、下位グループの真摯な取り組みが、ここへきて芝の上に表現されるようになった。
Jスポーツ解説の仕事のおかげで、その週の「ヒレ肉ステーキ(いちばん関心の高い試合)」ばかりでなく、しばしば「サバ味噌定食」も味わえた。「おもしろくなった」は、そこでの実感だ。よき定食屋のよきサバ味噌は、おごってもらうなら他のメニューがよいが、ちゃんとおいしい。
かつて、たとえば清宮克幸監督時代の早稲田のスクラム理論、パスでゲインを切る思考と技術などは、パワーは別としてソフトとしての充実ならトップリーグの多くのチームより上かもしれなかった。関東学院大学も、オールブラックスのスクラム頭脳、マイケル・クロノさんの方法をよく吸収しており、両校のセットプレーでの駆け引きは相当にレベルが高かった。慶応大学のラインアウトの組み立てなどもそうだ。トップリーグ勢と試合をして勝てるという意味でなく、一部学生チーム(あくまでも一部)の狭い世界ゆえに圧の高まるような取り組み、年度ごとに選手の質にばらつきがあればこその創意工夫には見るべきものも確かにあった。外国人のいない大学は、ぺネトレート(突破)を「個」にゆだねられないので、その時点で戦法の緻密さを求められる。反対から考えると、トップリーグ勢は、ここを外国人に任せるから「創造的アタック」がなかなか生まれなかった。
そして08-09シーズンは、トップリーグのこのあたりのチームよりも学生の考え方のほうが上という領域はなかなか見つけにくかった。帝京のスクラムが、なんと書くのか、まあ普通に強くて、リコーを凌駕していたのは興味深かったが、あれは、まさに地力で上回ったという感じだ。
トップリーグは「外国人選手と海外理論の直輸入頼み」という段階から「海外理論を正しく消化しなくては話にならない」というところへ差し掛かった。強力な外国人にもたれるのでなく、うまく溶け込ませなくては好成績へ結びつかない。この常識が上位から中位、下位へと浸透してきた。
もちろん東芝、三洋電機、サントリーのトップ3とその下では実力差がある。トヨタ、NECのように潜在力をまるで発揮できないチームもあった。リーグ全体としても「本物の創造性の競合」までは届いていない。おおむね似たラグビーだ。
ひとつのチームを除いては。
そう。三洋電機の日本選手権2連覇のシーズンは、入れ替え戦で生き残ったサニックスのシーズンでもあった。
学生時代に名をはせた選手はいない。沖縄のやんばるクラブから入団の者もいる。運営資金だって潤沢ではあるまい。なにより結局は11位に終わっている。しかし花はなくとも実ならある11位だった。
走り込む。堂々と後半勝負を宣する。ボールを動かし、パスでスペースを攻略しようとする。海外から取り入れた個別のスキルの集積でなく、藤井雄一郎監督の描く「大きなピクチャー」から逆算した独自の技術を追求する。当然、すべてがうまく運ぶわけではない。だから3勝10敗だ。でも神戸製鋼を食った。負けて胸熱くなる惜敗も少なくない。
「海外理論の正しい消化」から「自分の頭で考え抜く日本のラグビー」へ。第二、第三のサニックスよ出でよ。これが希望である。
最後に、日本選手権決勝の三洋電機とサントリーのレフェリングに対する態度はよかった。
レフェリーの下井真介さんの「なるだけ試合を止めたくない」という意思と精神を理解して、みずから律するようなおもむきもあった。レフェリーは尊敬され尊重された上で、なお批判はされてよい。誤審があれば誤審と語られて当然だ。ただラグビーの笛が厳密性にばかり傾き「性悪説」に流れるようではさみしい。レフェリーはプレーをルール解釈より上位におく。ラグビー選手はラグビーを欺かない。そんな「性善説」にとどまるべきだ。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。