コラム「友情と尊敬」

第77回「純粋有能ネットワーク」 藤島 大

ワールドカップがやってくる。10年後だ。決まれば決まったで心配は尽きぬが、いざ決まってしまえば「日本式マシン」が稼動を始めるのも歴史の常だ。きっとうまくできる、と、信じたい。

条件がある。最良にして最高の人材がマシンの中枢を担うことである。本当に優秀で、優秀なだけでなく純粋なラグビー愛を胸に刻む者が、年功など抜きにして、史上最も雰囲気のよいワールドカップ実現に邁進しなくてはならない。

国際統括機関のIRBは、2019年大会について9600万ポンド(約153億6000万円)もの開催保証金を求めている。これをどこから捻出するのか。いかなる方法をとるにせよ、そこには「説得」がつきものだ。

話術でなく、根回しのような政治力でなく、最後の最後のところでは「純粋性」が人の心を動かす。無私の精神でラグビーを愛していれば相手に伝わる。

カネがないなら人格で勝負。それだけではいかにも甘いが、そういう側面もある。カネを出せる立場であれば、要領よく立ち回り口舌の滑らかな政治的人間とは、普段からいやになるくらい接してきている。ひとつの純粋な魂のほうが、実は、人と世界を動かしたりするのだ。

ぜひ考えてほしいのは、社会の最前線、実践の場に散らばる「ラグビーの虫」のネットワークを構築して、ワールドカップのために能力を発揮してもらうことだ。往年の名選手や協会で働く者だけでなく無名の「能力と人格」を活用するのである。

いつか関東の下部リーグに所属するメーカー企業のラグビー部主将が言った。

「自分たちがいちばんラグビーが好きなんじゃないかと思うことがありますよね」

報酬などありえず、むしろ自腹を切り、家族にあきれられ、余暇の大半に楕円球を追う。好きでないとできない。そして、この人たちは社業の最前線で力を発揮している。まさに「社会性」そのものであって、スポーツ行政や教育機関に働く者にはない交渉術やアイデアを有している。

地方でも、ラグビーの盛んな高校でしっかりとした指導を受けた人間が地元に残り価値のある仕事を続けている。必ず力になれる層だ。

海外の、たとえば「パリ・ジャパニーズ」や「ロンドン・ジャパニーズ」という在留邦人中心のクラブもまた人材の宝庫である。これまでは代表チームや協会関係者が訪れた際にだけ、アテンドやら何やら雑務ばかりを頼み、あとはそれっきりという例が目立った。もっと連絡を密にして、相応に遇して、そこにある人脈や情報を活用しなくてはならない。

以上、例に挙げた人たちは、日常の暮らしで「名誉」とは無縁にラグビーと接している。もちろん個人差はあるだろうけれど純粋性は担保されている。ここが大切なのだ。

野心や保身にキュウキュウとしない「純粋有能ネットワーク」こそは日本のラグビー界の財産だ。ぜひともワールドカップのための多くを担ってもらうべきだ。それぞれ所属する企業や組織から必要に応じて出向もできるように協会は働きかけてほしい。

さてワールドカップ成功には代表、すなわちジャパンの強化は不可欠だ。

10年後、世界のどこにもない独自のスタイルを構築できるか。上から方針をおろすだけでは、過去の例からも「世界の潮流の半周遅れの模倣」に終わるだろう。

ここは下からの発想を吸い上げることが大切だ。日本のラグビーのヒントは日本国内にある。本コラムでも紹介した伏見工業や長崎北陽台や天理、あるいは昨年度の御所工・実など高校各チームの「小さい側の創造性」。2003年、日本A代表が14-97と大敗したNZUを37-31でやっつけた早稲田大学の戦いぶり(先日、Jスポーツの再放送を見たらNZUには現オールブラックスのコンラッド・スミスがいて小さな日本の学生に振り回されており少し愉快だ)。もちろん東芝、三洋、サントリー、あるいはサニックスなどトップリーグにもそれぞれ有効なノウハウはある。さらには過去の成功したジャパンからも学びたい。

10年後を視野に収める組織やシステムも必要ではある。それはそれで考える。しかし、ジャパンの強化は「ひとりの天才」がもたらす。日本ラグビー創造の気概を抱くベストにしてブライテストな指導者の出現と抜てきを祈るばかりだ。

※石塚武生さんの突然の訃報が信じられない。生涯をどこにも似た者のいない特別な「選手」として過ごした。監督よりもコーチよりも選手のスピリットを分厚い胸に燃やし続けた。早稲田の新人時代、猛練習にエネルギーを使い果し、毎晩そのままの格好で寝た。確か「9日間そうした」と話すのを聞いたことがある。13年前の記憶なので、いささかあいまいで、もしかしたら4日間や7日間だったかもしれないが、いずれにせよ、ジャージィを脱ぐ余力のなくなるまでラグビーをする自分をまっとうした。そういう魂を抱いて生きた。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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