コラム「友情と尊敬」

第80回「クリスマスの読書」 藤島 大

子供のころクリスマスの贈り物が本であった時の失望感をよく覚えているが、少しは年齢をかさねると、この季節、リボンでカバーを飾った一冊はふさわしい気がしてくる。近刊の「ラグビーの本」を発行の新しいほうから紹介したい

『慶応ラグビー 魂の復活』(渋谷淳著、講談社)

ルーツ校の矜持、現実の勝負、その両立と相克の物語。なんて書くとカタイけれど、結局は人間、心熱く、自尊心に満ちた人間こそが主役である。近年のチームづくりを軸に、さまざまな視点を交差させながら、慶応ラグビーとはいかにあるべきかが描かれる。

個人的には、一般受験と内部進学者のみが入部していた時期のOBたちの回想が興味深い。そんな条件だから「選択肢」はひとつだ。つまり猛練習。約30年前のプロップであった主将は、いち早くウエイトトレーニングに着目する。グラウンドでのおそるべき鍛練との相乗効果でみるみる力をつけ、練習試合では、そのシーズンの日本一となる新日鉄釜石にスクラムとボール争奪に大健闘する。

試合後、のちの日本代表背番号3、洞口孝治(故人)が「不思議そうに」声をかけてきた。

「キミたち、いったいどうしたの?」

大学選手権は準決勝で惜しくも敗れる。それでも、当時の主将、山城泰介はいまも言い切る。

「本当に悔いはありませんでした。なぜなら、あれ以上の練習はこなせないからです」

現在進行形の現役チームも、また、そうした慶応の根っ子とモダンな理論をいかに組み合わせるかに心を砕く。ここ数代の栄冠に届かなかった監督たちの真摯な姿勢こそは伝統の中核である。あらためてクラブの歴史にとって「負け方」は大切なのだと再認識させられる。
元新聞記者で気鋭のスポーツライターである著者は、慶応ラグビーを好ましくとらえながらも「聞くべきことは聞く」姿勢を忘れない。だから奇をてらわぬ簡潔な文体がさらに引き締まって感じられる。

『荒ぶるをつかめ! 早稲田ラグビー主将たちの苦闘』(林健太郎著、講談社)

慶応が「我、いかにあるべきか」の思考を深めるなら、こちら早稲田はより直截的だ。
つまり「我、いかに勝つか」。絶対に勝つ。なぜ。早稲田だから。そのために悩み、もがき、突っ走る。高校時代の一流選手、予備校経由の受験浪人組などなど、さまざまな背景を有する部員たちを、若き青年たる主将がまとめ、文字通りに体を張って率いる。すべてを終え、凱歌を奏でれば、おのずと「いかにあるべきか」は見えてくる仕組みだ。

昨年度まで8代の主将が登場、うち5人は大学日本一へと導き、そうでなくとも準優勝なのに、タイトルに「苦闘」の文字がある。楽ではないのである。使命感は人間を育てる。すなわち、これは凝縮された青年の成長物語だ。かけがえのない自分自身の内面を磨く、まさに人格陶冶の過程を知ることができる。

06年度主将、東条雄介の卒業後の言葉。

「今思うと(早大ラグビー部は)本当にちっぽけな世界です。でも、その時はそれがすべてだったんです」

慶応もそうだが、ほとんど独善のような「自分の所属するクラブへの誇り」は閉じている。閉じているから熱を横へ逃がさない。すると普遍性がたちのぼる。それぞれ両校のファンでなくとも熟読に値するのはそのためだ。
サンケイスポーツ記者である著者は早稲田ラグビーのOBだが、取材対象との距離感は保たれており、むしろ敬意と緊張の気配が濃い。そのことが、いっそう読後感をよくしている。

『ラグビー愛好日記3』(村上晃一著、ベースボール・マガジン)

上の2冊が「閉じた普遍」なら、こちらは「開いた人間賛歌」のページが続く。
ご存知、著名なラグビージャーナリストにして、優れた聞き手である編著者の手腕により、個性的なラグビー人たちが、なんとも心穏やかに「愛」を語る。

セコムラガッツの名プロップにして名物男、山賀敦之の回は、笑わせて、笑わせて、笑わせて、そして泣かせる。愉快だからこそ、この後のセコムの強化縮小を思い、やけに切なくなる。これもラグビーの断面だ。

村上 写真名鑑を読むのが好きなんですよね。
山賀 僕はラグビー選手が大好きなんです。昔は暗記しているだけだったんのですが、最近は接触もします<笑い>。

伏見工業、高崎利明監督、サントリーの清宮克幸監督の指導論も興味深い。

※シーズンが深まり、気になることをひとつ。例外はあるが、総じて、レフェリーの反則を告げる笛の音が大きい。金属の怒声のようだ。もっと優しく吹けないものか。なんとなくダウンボールの雑な選手を思い出す。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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