第83回「分不相応のススメ」
藤島 大
サッカーのワールドカップが近づいている。いつもながら、もうひとつのフットボールで起きる現象は、ラグビーを考える際の参考になる。
たとえば「ベスト4宣言」について。
サッカー日本代表の岡田武史監督が「ベスト4」を目標に掲げると、おおかたのジャーナリストは冷笑的だったと思う。もちろん、そうでない記者もいたから、あくまでも印象ではあるが、まあ、「いくらなんでも無理じゃない」という反応が目についた。
それはそれでよい。4強進出は困難とジャーナリズムが考えるのは、むしろ常識に近い。ただし、それと「監督が分不相応の高い目標を掲げることが間違い」という見解は別の次元にある。
「なぜ岡田監督がベスト4と口にしてはまずいのか」についての明快な論は少なかった。なんとなく取材者として気恥ずかしいというような感覚が支配していた。主眼は「分不相応」にあった。
筆者の立場は「何も悪くないじゃないか」だった。
たとえば入学試験だって、高い目標をめざして計画を立て、努力をすればこそ、難易度というやつで「目標の次」のランクの学校に受かるかもしれない。
ベスト4と宣言して、ゆえに8強入りも実現する。はじめから分相応に16強をターゲットとしたほうが何もかもうまく運ぶのだろうか。そもそも「4強宣言」とは、リスクを引き受ける覚悟の監督が堂々と口にした時点で、おおかたの役割りを終えている。まず思考が整理できる。「よしっ」と燃える者、あるいは懐疑的な者、それぞれがチーム内に出現しても、そこをベースにチームづくりは始まる。ファンやメディアの反応がすでに強化の一端だ。一例としては「まわりは誰も信じないが監督の俺は確信している」というたぐいのモティベートに用いることもできる。
と、そんなことをサッカー代表のキャンペーンのあいだに考えていたから、なおさらラグビーの控え目な目標が気になる。
ジョン・カーワン監督(HC)、太田治GМのジャパンの来年のワールドカップでの目標は、どうやら「2勝」のようである。トンガとカナダこそは明白に標的だ。さみしい。もちろん、それとて簡単ではありえぬのだが、でもさみしい。
「現時点ではやむなし」。この方針で、ジェームス・アレジのような海外在住のニュージーランド選手(本稿執筆時点でニューポートとの契約は終了、別の英国のクラブと交渉中)もジャパンに入る。ここはここで議論の必要はあるのだが、現実にそうであるのに、かつて何度かやっつけた相手に対する必勝のみが目標では、ファンも、報道する立場も、いまひとつ燃えてこない。
ジャパンのオリジナル(起源)は、1930年、昭和5年のカナダ遠征からである。当時の国代表にほぼ相当のブリティッシュ・コロンビア州代表などぶつかり6勝1分の成績を残した。2年後、正式なテストマッチに2戦全勝。以後、好敵手としての戦績をお互いに積み重ねてきた。つまり「目標」とすべき関係にはない。
トンガもそうだ。91年のワールドカップはジャパンが初めて予選を経て出場した。生きるか死ぬかの相手がトンガだった。宿沢広朗監督の率いる桜のジャージィは実力均衡の決闘を制した。19年前、必勝のターゲットはまさに「トンガ」だった。
来年のワールドカップはニュージーランドで開かれる。トンガにとっては地理的・人的な交流・在留者などの観点からも「準ホーム」に相当する。甘い相手ではない。いつもは長期の準備の許されぬトンガやサモアやフィジーが、しばしば本大会では豹変する例も過去に知っている。しかし、ジャパンも、カーワンHCをはじめ、コーチや選手にも、ニュージーランド育ちは少なくない。時差の影響もなし。その意味では「準々ホーム」なのである。
だから「打倒フランス」を旗に掲げてほしい。
フランスは中立地では必ずしも王様ではない。「ジャパン・スタイル」を唱えるなら、その成果は、これまでにも日本流で勝利したことのあるカナダとトンガ相手ではなく、レ・ブルーことフランス代表を、混乱させ、追い詰め、願わくば泣きべそをかかせる過程に発揮されるべきだ。
サッカーのジャパンは「準決勝をめざす」と発信し、関心を抱く者にとまどいを与えたり、ときに鼻で笑われたりしながらも、ともかく、そこに「世界」を築いた。ラグビーの代表が「カナダとトンガ」にとどまるのでは、やはり夢も希望もない。現実主義とは、分相応とは違う。分不相応の領域に挑みかかるために現実を凝視するのだ。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。