第86回「北の虫」
藤島 大
アル・カポネは「ギャングのボスになりたかったから」ボスになった。
高校のころ、なんとなく、そう考えていた。
やがてカポネはマオとなる。毛沢東は「中国の億万の民を率いたいと思ったから」率いたのだ。
マフィアの親玉や人の死を死とも思わぬ独裁者になりたくはないが、ともかく、そんなふうに人生の一端をとらえた。
過日、札幌での取材の際、田尻稲雄さんと話して、また、同じ発想がめぐった。こちらはギャングではなく、ラグビーのクラブ「北海道バーバリアンズ」の創立者にして牽引者である。
田尻さんは酒場のカウンターで言った。
「夢を追いかけると、よく言うでしょう。あれ、違うんだよね。夢は実現させるものなんだよね」
語尾が柔らかく詰まるようなアクセントは、故郷、小樽のそれなのか。活字にするとあたりまえのようでも、やけに説得力があった。翌々日、札幌郊外の温泉地、定山渓を訪ね、北海道バーバリアンズの見事な芝のグラウンドを目撃。そこには、酔余の一言が具現化されていた。
川がある。その底に源泉があるそうだ。すぐそこの小さな山や森によって幾何学模様に切り取られた青空はあまりにも青く、ただ雲は白い。散歩したら、木立の葉の微風にこすれる音が妙に生々しく、柄にもなく、神聖な感覚が手足をつたった。
そして芝生は緑。一面、その横に、もうひとつたっぷりのスペース。澄んだ空気。温泉スパ。ラグビー場。ラム肉のバーベキュー。まるでニュージーランドの地方クラブの風景のようだ。
「なんとか、ここまできました」
クラブ関係者が口々に語る。1975年、クラブ代表である田尻さんら、小樽湖陵高校の同級生5人で設立、99年、NPO法人の認証を受け、07年、遊休化していたNTT東日本の陸上競技場・野球場、クラブハウスを取得。昨年4月、地域密着の総合型クラブとしてサッカーくじ助成金を得て、天然芝生化などいっそうの環境整備を進め、今秋には、やはり天然芝のビニールハウス屋内練習場まで完成する。
ジャーナリズムとしては、取り扱い注意の表現ではあるが、ことラグビーの環境としては「理想郷」ではないか。もちろん現実の運営はバラ色ばかりではあるまい。代表の営む企業の成功も背景にはある。それでも、少数の人間が志を抱き、仲間を増やし、ひとつずつ段階を踏んで、かつては「草ラグビー」と呼ばれたクラブが、堂々たる自前のグラウンドとクラブハウスを大都市圏のリゾート地に所有できたのは、夢の実現と記して間違いであるまい。
そうしたいから、そうなりたいから、そうできて、そうなった。その一点において「人生の実相」に遭遇できた。
札幌のベッドタウンでもある北広島に、もうひとつ、おそるべきラグビーの虫の運営する総合スポーツクラブがある。「よりづか☆ちょいスポ倶楽部」。北海道大学ラグビー部OBの獰猛かつ実直なフランカー、池史直さんが、日夜、クラブ・マネジャーとして奮闘している。社会人クラブ「カレッジハウス」、ラグビースクール、タグラグビーも主要な活動に含まれる。
池マネジャーは、東京都立国立高校での筆者の教え子である。そのころはプロップ。集中力と独自の思考と強靭な体幹の持ち主だった。北大文学部では、地歴の教員免許を取得、非常勤講師として札幌の中学や高校ラグビー部の指導経験もあるが、一念発起、地域クラブの成功に進路を定めた。
早朝から夜遅くまで、各年代各スポーツの指導や準備に心身を砕く。膨大な労働量、そして大変な薄給のはずである。夢の実現の最初の一歩は誰にとっても楽園ではない。あえて、偉大なる先駆、北海道バーバリアンズに参じぬあたり、昔を知る身には、いかにも、この男らしく懐かしくもあった。
札幌で一献傾けると、池史直マネジャーはこんなことを言った。真顔だった。
「秩父宮にトップリーグを見に行ったら、地下鉄の駅に試合へ向かう選手たちがいた。こんな大きな体をしてるのに、こんな小さなスーツケースをガラガラ引きずってるんです。それがおかしくて。こんな体で、小さなスーツケースを…。やっぱり一流チームは、試合直前に体のバランスが崩れないように荷物を手で持つなと指導してるんですかね」
ね、ちょっと変わってるでしょう。
最後に。バーバリアンズ、田尻会長の発言から。
「バーバリアンズ方式と呼んでるんですが、自分よりもできる人間をどんどん巻き込む。それが大切なんです」
そうでないリーダーを知りませんか。自分より優れた者、愛される者をおそれて遠ざけるような。それは、そこにいる人間の不幸であり、組織崩壊の序曲でもあるのだ。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。