コラム「友情と尊敬」

第90回「世間を築く」 藤島 大

歌われること少なきヒーローを想像する。東京電力、ましてその関連会社にあって福島第一原発の敷地内にとどまる社員、働き手もそうだろう。自衛隊、消防関係者のまさに「英雄的な働き」については認識された。感動も感謝もした。そして電力会社や設備メーカーの者たちもまた使命と責任を生きている。こちらは「視えなくなりがち」だ。

先日、共同通信がそのうちのひとりの東京電力企画広報担当に電話取材、当人は、約1ヶ月で蓄積された被ばく線量については「言えない」と口を閉ざした。震災後、しばらくは「非常用乾燥米など1日2食」。やがて菓子パンやソーセージなど3食に改善された。最近、5日働くと1日休めるようになり、首都圏に避難する妻と小学生の子に会い、また戻る。この「戻る」という記述にドキッときた。あの場所に普段の出勤のように戻っていくのだ。

日本代表のジョン・カーワンHC(ヘッドコーチ)は、ぜひ、震災復興、危機回避に際して発揮される「日本の美徳」を注視してほしい。もちろん東京電力の社長の姿が消えてしまう例に象徴される「日本の美徳でないところ」もたくさんある。しかし、いまは、ぜひとも「よさ」を再認識してほしい。

先日、東京・中野、上海出身の教養人の営む中国食堂に、日本代表の宮崎キャンプ取材帰りに寄ったら、その主人がしみじみ言った。

「やっぱり日本人はたいしたものですよ。パニックにならない。略奪もない。地震の夜も静かに歩いて帰宅をした。上海でも表面に出る以上にみんな感心してますよ」

花見はけしからんというような自粛の雰囲気の蔓延はよろしくない。個人的には「同調圧力」ってやつは大の苦手だ。ただ、そこにも美徳の一端は表現されている。古くて新しい言説ではあるけれど、日本人は「世間」との関係を重くとらえる。世間という範疇に足並みをそろえる。それは従順ということでもある。その息苦しさは確かだが、だからこそ危機からの復興という局面には強みとしていかされる。優れたアイデアが提出されれば、それぞれの自我は消え、いっせいにその方向に動く。

安易な文化比較論はスポーツ考察の敵でもあるのだが、きたるワールドカップのような「短期決戦」に挑むにあたっては、やや強引な「仮説構築=日本人はこうなのだからこう戦う」はどうしても必要だ。それがないと時間不足の穴に陥る。

ジョン・カーワンHCは「日本の選手は決めたことを忠実に実行する。カタチから入ると滑らかにアイデアは伝わる。いま復興に努力を始めた無名の人々の行動を見よ」とあらためて思い定め、攻守の原則、とりわけトライをとる型を練り上げるべきだ。

そして、普段の練習では自己主張にとぼしく「まるで闘争心に欠けるように映る日本の選手」(あるニュージーランド人コーチの発言)も、いったん戦い方が決まり、そのための心の準備を周到に積み重ねれば、身を粉にしてチームに尽くす資質を有していると信じる。我が子に別れを告げ、粛々と、放射線の危険の待ち受ける持ち場へ戻る。それがジャパンの勇士たちなのだ。

世間とは。「人の世」「同じ社会を形成する人々」(広辞苑)。

日本の集団競技での勝利の秘訣は、指導者が、世間、少し俗な言い回しを用いれば「ワールド」をつくり上げることだ。

ホッケーの名将、女子日本代表を初のアテネ五輪出場へ導いた安田善治郎元監督は、スティックをなかなか持たせず、まず過酷なほど走り込む猛鍛練を強いた。自身が、身体能力に限りのある岐阜女子商業で実践して圧倒的な成果を挙げた方法だ。背景の異なるチームからやってきた技術型の選手たちはとまどう。しかし当時のキャプテンは筆者に言った。

「不満の声はそんなに大きくならない。安田監督の独特の世界があるから。監督の野生的態度、安田ワールドの中にいるうちに少々のことでは動じなくなってしまう」

同じ社会を形成する人の世を築くと、統一的戦法と理屈を超越した力がたちまち広まった。ここにラグビーのヒントもある。ジョン・カーワンも選手の気持ちをまとめてはいるだろう。さらに統一された具体的な全体像・戦法の提示と深いところまでの浸透が求められる。

そのためには日本選手のリーダー、かつて2003年の大会で箕内拓郎や大久保直弥の担ったリーダーシップは必ず求められる。おかしなほど低いタックルに体を張る「歌われること少なき英雄」の抜擢とともに最終セレクションの前提に加えるべきだ。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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