第109回「負ける時もあるだろう」
藤島 大
通りがかりの旅人だから姓名はわからない。背番号で記すのを許していただきたい。9月22日、世にも魅力的なグラウンドである沖縄県名護市の21世紀の森ラグビー場、宜野座高校の10番の攻守に心を持っていかれた。全国大会予選のいわば前哨戦にあたる「名護市長杯」の3位決定戦、コザ高校Bとぶつかり、スタンドオフの少年は全身を使命感と責任感の塊として、どこか痛々しいほど真摯に、でも根底では楽しげにラグビー競技に浸っていた。
外部から得たのでなく、自分自身の体験と体感によって培われたのだろうラグビー知識で懸命にチームを引っ張る。小柄ながら走ってよし、タックルも強く、よく動く。時にゲームの組み立てを間違える場合もある。それがかえって将来性を感じさせた。怪物的な身体能力の所有者ではあるまい。全国のどこにでもいそうな無名部員の雰囲気のまま、自分の頭で考え、自分から体を張り、おそらく小さな所帯であろうクラブに活力を吹きこんだ。
宜野座高校はバックスのラインがボールを受けながら伸び縮みできた。背番号12の突破も鋭く強かった。後半残りわずかの時点で確か2点のリード。笛が鳴る。思わず喜ぶ。でもまだ続く。敵陣に攻め込みPを得て、狙うか、タッチからラインアウトでよかったのに力攻めして切り返され、痛恨の逆転負けを喫した。14―17。青春はまたもまたもや教訓を与えるのだった。あきらめなかったコザBも立派だ。あとは磨かれるのを待つのみ、そんな原石がすでに光を放ち始めていた。
決勝は、名護高校Aが38―5でコザ高校Aとの好敵手対決を制した。たまたま東京から旅行中のラグビー愛好者が言った。「いやあ、おもしろいですね。沖縄のラグビー。どんどん抜き合って」。そんな試合だった。11月7日の花園行きをかけたファイナルで仮に再戦となればまた感動は降るだろう。表彰式、名護高校の控えメンバー整列の隅っこ、唯一の女性部員の背筋があまりにきれいに伸びており感激した。視線がまたよい。読者のみなさまの人生において、これまで映画で、テレビで、写真で、もちろん実生活で、ともかく過去に見た最も澄んだ目を想像してください。それと同じです。
ボール拾いなどの仕事を担った他校の部員の一部が、俺たちも試合したいなあ、という感じで楕円球と戯れている。地元の名護商工にやけに身のこなしの俊敏なひとりがいて、パスを交わす先には、見事に均整のとれたフロントロー体型の仲間がいた。才能と資質は明らかだ。あとで関係者に「あのふたり、いいですね」とささやいたら、こんな言い方でほめられた。「もう見つけましたか」。
この季節、新聞地方版や各都道府県協会のホームページの「高校の結果」を開くのが、ほんの少しためらわれる。沖縄はこれからだが、すでに全国大会の道を断たれ、3年間の熱情をひとまず終わらせた者たちがいる。スコアを追うと切なくなる。
東京では、都立北園高校が、2回戦で都立三鷹に敗れた。12―17。1カ月ほど前、縁あって、いっぺんだけ練習を見たので、出張中に報告を受けて、15人揃うのに苦心していたチームが…と額の奥がジーンとした。実力校を相手に堂々たる勝負を展開できている。大会までの短期間に焦点を絞り、しっかり鍛練を重ねたに違いない。いまは負けたのだから悔しがるほかない。でも、すべきことをしようとしての敗北、そこでの喪失感にならきっと届いた。その「あーっ」と叫びたくなる感覚が人生の深みをもたらすのだ。
負けて、よくやった、の安易な連発は危険だ。練習中に落球しても「ドンマイ(もはや死語かな)」とみんなが励ますのに似ている。ミスをおそれて萎縮してはならない。さりとて慣習的にミスに寛容なのはもっとよくない。闘争的スポーツの醍醐味は勝利の追求である。負けるのに慣れてよいことなどひとつもない。当然、勝負なのだから誰かが負ける。その負け方が問題なのである。いかにスリムな可能性でもあきらめずに知恵と身体と心のすべてを捧げる。それでようやく悔しがる資格を得られる。
沖縄の大会でも、いざ試合が始まれば、ひとり残らず全力を尽くした。だから観戦者も幸福になった。しかし、毎日の練習の1秒、1分、1時間、本当の本当にベストを尽くしたのか、と聞けば、やはり強いチームとそうでないチームの濃淡はある。あるはずだ。目の前の瞬間の全身全霊、その積み重ねこそを歴史と呼ぼう。負け方を決するのは試合場でない。校庭だ。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。