コラム「友情と尊敬」

第145回「ラグビーっていいもんだね」 藤島 大

自分が著者の新刊がどうにも大切でかわいい。『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)。プロらしくと心がけて文章を書いた。ただし、いとおしいのは内容ではなく「物体としての本」である。

表紙。国立高校、多摩美術大学の元フッカーにして、人気のバンド、toconomaのギタリスト、敬称略で、石橋光太郎が描きデザインしてくれた。ワールドカップのHポール裏、アイルランド代表のエメラルドのレプリカ(推定サイズはXXXXL)を着た大男と赤白フープの少年の背中が並んでいる。

裏表紙には各国ファンの群像も。目を凝らすと光景がよみがえる。いた。あの編み笠を頭にのっけたサモアのファンは確かにいた。神戸の地下鉄駅で見た。

字体や紙の選択、ページの構成は編集者の腕である。修猷館高校、早稲田大学の伸縮自在の鋼鉄みたいであった元フランカー、渡辺浩章、かつて芯をくりぬくタックルを繰り返した餃子耳の人物の仕事に帽子がなくても脱帽したくなる。

仲間ぼめは品を欠くだろうか。ただテクノロジーの進歩により紙の書物の行き場が狭くなって、いっそう重く感じるのが、その一冊の物体として魅力であり、つい一例を伝えたくなる。

ラグビーって、いいもんだね。この言葉はワールドカップの期間中に酒場で聞いた。それこそ「にわか」を自称する男性のさりげないつぶやきだった。ほかの場で耳にした「大差がついて勝敗は決まってるのに負けてるチームの懸命なタックルに感動する」や「試合後の自然な敬意の交換に心打たれる」といった言葉が「いいもんだね」にストンと収まった。おもしろさの奥、あるいは前後左右に「よさ」が詰まったり漂ったりしている。

ではラグビーはなぜいいもんなのか。昨年のワールドカップで初めてラグビーをテレビ観戦した図書館勤務の女性の一言をあらためて引きたい。

「あんなに激しく走ってぶつかるのにスクラムからボールがピョコンと出てくるのがたまらない」

荒々しさと繊細さのコントラストを期せずして語っている。長くラグビーを追ってきて、ずっと感じてきたことを、観戦初心者が素直に表してくれた。

ごりごり押し合いながらスクラム最後尾の者は足指の先やスパイクの底をセンサーに楕円球をコントロールする。背番号9の仲間を楽にさせるためポッと静止させる。図書館で働く女性にはユーモラスに映った。そして、そんなほのぼのとした瞬間がタフな攻防の決着に大いに影響する。擬音ならゴロゴロでなくピョコンと球を出すチームのほうが強い。

ラグビーの魅力を聞かれるたびに次のように答えてきた。「きわめて身体的なスポーツなのに身体能力のみで勝負は決まらない」。「体育は5が体育は3に意外に苦戦する」。まさに「身体能力のみで勝負は決まらない」。ということは「身体能力のほかの要素があちこちでしょっちゅう問われる」。なぜか。競技ルールと関係してくる。

スクラム、ラインアウトのセットプレーで攻防の連続は絶たれる。Pのあともしばしば進行は滞る。そこに「考える間(ま)」や「リセットの時間」は生じる。アイデアを思いついたり、インプレ―が延びることであらわになりつつあった身体能力やスキルの劣勢をいったん仕切り直せる。

大きな試合の中に「小さな試合」がたくさんある。50点の差をつけられて終了まで3分、まだ必死にタックルを続ける。転んでも転んでも起き上がる。するとラグビーをよく知らなかった老若男女の心は動いた。劣勢のチーム、選手は眼前の戦いの勝利をめざしている。いまタックルで阻めば「その瞬間のコンテスト」の勇者であり、自陣ゴール前の防御を粘りに粘って、とうとう落球を誘えば「小さな試合」の勝者だ。

オールブラックスのだれかが走り、ナミビアのだれかが正面で倒し切る。それは流れ去る時間でなく完結した瞬間である。そこかしこで観客、視聴者の感情は刺激された。感動はおもしろさと丸のまま重なった。

長短軽重の体形、巧さや強さ、賢さと愚直さ、機を見る鋭さに苦難に身をさらしてみせる鈍さ。ラグビーは人間の多面を求める。必然、そこに多様な個性は集う。

2019年秋のジャパン、たとえば具智元とピーター・ラブスカフニと田村優は肩を組んで運命をともにした。ひとりずつ違うからひとつになれた。 どれほど統制のとれたチームであっても「画一」とならなかった。まさに社会。ラグビーの深さだ。つまり、あなたにも出番がある。

グラウンドにひとりひとりの違いがあふれているので観客も分断されない。エメラルドと赤白、クローバーと桜は隣の席でビールを酌み交わした。幻のごとき幸福な色彩の表紙は現実だった。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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