第26回「秋も鍛える」
藤島 大
およそ選手たる者、いつだって「最高のコンディション」でありたい。当然かもしれない。しかし、ここが全国の指導者にとっては悩ましいのである。シーズン開幕に際して、この問題を少しだけ考えてみたい。
試合に出る。あなたは疲れを覚えず、脚の筋肉のハリもなく、腰の痛みとも無縁で、なにより爽やかな気分でグラウンドに飛び出したい。きっと、そのはずである。そうすれば「自分の」の力を存分に発揮できる。
問題は、その「自分の力」にこそある。あなたのチームの目標の大会・リーグ、そこにおける最大の標的の一戦を考えた時、シーズン開幕からしばらく続く試合での「自分の力」は、そのまま通用するのだろうか。これが最大の疑問である。
いまここの試合で最高のプレーをしたい。だから最高のコンディション、快適な状態でありたい。そのためには、おそらく試合が近づくとチームは「調整」に入るだろう。わかりやすく述べれば「練習を軽くする」のである。過度の走り込みを戒め、耳から血の出るようなタックル練習も封印して、耳から血も出なくなってしまうほどのスクラムの稽古も控える。そんなことしたら疲れちゃうじゃないか。
しかし、そうしていると目標の試合(それは大多数のチームにとっては『自分たちより力が上』の相手とのバトルであるはずだ)、たとえば大学選手権決勝や花園予選の決勝、あるいは3部から2部へ昇格するための入れ替え戦に、シーズン開幕当初のままの地力でのぞまなくてはならない。もちろん試合を通して学び成長する要素は限りなく、それは前提でもある。ただ、走力、タックル力、強大な相手をはねかえすだけのスタミナ、そこから滲み出てくる粘り強さなどは、どうしたって練習で培われるはずだ。
指導者の思案のしどころである。決断を求められる。
シーズンに入っても鍛えるのか。調整で押し通すのか。
あえて強い表現を用いるなら、ただラグビーをするのか、勝負に打って出るのか、大切な分かれ目なのである。
仮に11月14日が天下分け目としよう。仮に、相手は、素質と経験に恵まれた選手これでもかと集う大型のチームとしよう。あなたのチームは、少なくとも10月一杯は厳しく走り込まなくては、粘りと心身のスタミナ勝負には持ち込めない。すると、9月や10月の試合では、いつでも「疲れのたまっている」状態になる。苦戦は続くかもしれない。それですめばよいが、へたをすれば足元をすくわれかねない。ここが怖い。繰り返すが、自分のチームの力を見極めた上での決断を求められるゆえんである。
反対に、地区大会の予選は、比較的、楽に突破できる立場にあるのに、秋をもっぱら調整に費やし、いざ花園で、さらに強豪の相手に蹴散らされる。そういうことがあるとすれば、まったく指導者の判断の誤りだと思う。
本コラム筆者にもコーチ時代の経験がある。
都立高校で花園出場の目標を立てたから、まあ無理をする。はじめから練習は、花園予選の準々決勝~準決勝に力を最高に発揮できるように組み立てる。そうすると、2回戦あたりで、同じ都立校でも「鍛えられてはいないがノビノビと力を出し切る」ようなタイプのチームに苦しむ。実際に、引き分けて抽選に泣いたこともあった。「都立最強」くらいを目標にすえるチームに無理はない。選手の素質で少し上回れば、軽やかに力を発揮する。ただし勝ち上がって強豪私立とぶつかると抵抗を示すことなく大敗を喫する。我々は、それじゃあダメなんだと、秋を迎えても、タックル力、スタミナ、反応速度を軸に鍛えまくる。そうでもしなければ、ひとりあたりの体重差が20㌔にもおよぶ標的と決闘はできない。結果、大変に疲れる。一時的な不調にも陥る。選手もいらだつ。本当に難しいのである。
結論は「秋も鍛える」だった。からくも勝ち上がり、なかなか準決勝には届かなくても(当時の東京はチーム数が多かった)、しかるべきところで花園出場経験を持つ私立強豪とぶつかり、粘りに粘れた。見知らぬ観客まで長い長い拍手をくれた。この感動は大きい。敗れたとしても、その事実を心の底から悔しがるところまで達していれば、人間は絶対に成長する。そう確信できたからである。「負けてもやむなし」からの脱却!
シーズン中は調整ー順当な敗北ーゼロからのスタートーシーズン中は調整ーのサイクルを断ち切る覚悟。そこには指導にあたる者の真摯な姿勢と説得力が必要だ。
もし「コーチ不在の君」が、これほどの難題に取り組んだなら、人間をおそろしいほどに成長させる。これも確信できる。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。