コラム「友情と尊敬」

第34回「桜と鷲」 藤島 大

前回の本コラムで、かつてオールブラックスの選手が、グラウンド外の不祥事を起こした直後に母国を捨てオーストラリア内陸部へと消えたストーリーを紹介したら、いきなりジャパンで残念な出来事が続いた。事実関係の確認については慎重を期すべきだが、少なくともチームの規律が崩れていたのは間違いない。

スーパーカップ決勝では、ジャパンがカナダに負けた。いつもながら、いや、いつも以上に、選手それぞれの責任感は観客席にも伝わった。タックルに体を張る姿勢はあった。やはり不祥事からの汚名挽回の気持ちと無関係ではあるまい。それだけに、強くもうまくもないカナダをホームで倒せなかったのは残念だ。ジャパンとして統一感のある攻撃の仕掛けと意図が浸透しておらず、そのせいもあって接点での結束と厚みを欠いて、滑らかな球出しはかなわなかった。

いまジャパンに求められるのは、たぶん大海のように広くて深い「フランス流」よりも「ジャパンがジャパンあるための考え方と猛練習」である。世界最高クラスのフィットネス。独自の方法をきわめるスクラム。あらゆる局面からの素早い仕掛け。キック攻防後のカウンター攻撃。ターンオーバーからの速攻。これなくして07年W杯に敵地でウェールズを倒す可能性はない。

どうか過去のジャパンのW杯キャンペーンの失敗から学んでいただきたい。99年、元オールブラックスやそれに匹敵す外国勢を6名も入れて、なおW杯本番には通用しなかった。あのチームも「まず土台」と意欲に満ちた練習に励んだ。春のパシフィックリムではサモアにも勝った。しかし「自分たちより大きくて経験のある相手を倒すためのジャパン」という到達のイメージがなかったから、いつしか迷路をさまよった。

さてスーパーカップで、最も「いいチーム」は、個人的にはアメリカ代表イーグルスだった。いいチーム=強いチームとは限らぬのも世の常で、初戦でカナダに競り負けて3位に終わりはした。しかし、チーム全体を「意志」と「意図」が貫いており、FW前5人がもう少し強ければぐっと力を増したはずだ。ボールの運び方が計画的で、かつ個々の選手がはつらつとしている。チーム合流が遅れてカナダ戦後半から出場した切り札のSO、マイク・ハーカス(イングランドのセイル・シャークス所属)がフル起用されていたら優勝の可能性もあった。おそらくジャパンのいちばん不得手な相手でもあった。

イーグルスを率いるトム・ビラプス監督の手腕は確かだ。元代表フッカーでキャプテン。99年W杯に参加している。監督としては、03年のW杯ではジャパンに勝ち、フィジーには1点差で敗れた。昨年7月にはコネティカットでフランスに31ー39と大善戦した。この人、いつでもコメントが明快だ。初戦のカナダに僅差(26-30)で敗れると「若手の試合ぶりを誇りに思う。勝てる試合を落とした。だから修正できる」と話した。実に短くて的確だ。

ルーマニア戦のあと、同監督に、いまだマイナー競技であるアメリカのラグビー事情を聞いた。普及・人気は。「伝統的な競技を好まない高校生に浸透しつつある。つまりスノーボードなどと同じような存在だ」。イーグルスのベースは。「ない。遠征や大会の前に短期間集まるだけだ」。アメリカは、サッカーでもそうだが、国土が広く、普段はなかなか選手が集まれないだけに、W杯などの前にキャンプを張ると急速に力が上がる。ナショナルチームをつくるのがうまい。違いますか。「ありがとう。その評価はうれしい。しかし、私としてはもっと時間があれば強くなれると思う」

イングランド人でもフランス人でもなくアメリカ人のラグビー、アメリカ人に適したスタイルはあるのでしょうか。「あくまでも、その時にいる選手の個性による。ただ、アメリカのラグビーは国内の試合はアマチュアで、それが問題なのだが、選手それぞれはプロフェッショナルにも匹敵する精神と身体を持っている。テイラーメイドな選手がいるんだ。またアメリカには(他のスポーツの)プロフェッショナルなコーチングの伝統がある」テイラーメイドとは、ラグビーの経験は浅くとも、すでにラグビーにふさわしい身体能力を持っているという意味だ。

イーグルスの大半のメンバーはアマチュアであり、プロフィールにも、銀行員やセールスマネージャーなどさまざまな職種が並ぶ。大会や遠征で仕事を休むに際してラグビー協会が一定の補償をするのでしょうか。「いえ。個人の責任です。みんな犠牲を払ってくれています」

ビラプス監督は「進歩(改善)」と繰り返す。「ひとつずつ進歩させて07年のW杯に臨みたい」。「着実に改善していけば、ある日、それが結実する」。まだまだ拙いエラーも目立つ。セットも不安定だ。しかし、イーグルスは、水曜夜の初戦から日曜午後の3位決定戦まで確かに進歩していた。

「まず世界に通用するアスリートを選び、それから技術を教える」。ビラプス監督率いるイーグルスの明確な方針だ。身体能力なら世界に通用する。しかし技術は未熟。つまり最大の敵は「時間」である。ジャパンはサイズや身体能力の劣勢を埋めるために独自の方法を身につけなくてはならず、こちらも「時間」が敵だ。

もしかしたら07年W杯で両国は当たる(アジア代表とアメリカ第2代表が同プール)。そこまで、お互いに、どう過ごすのか。とっくに戦いは始まっている。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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