第42回「モルモットの大切な試合」
藤島 大
最近では最も重要なラグビーの試合が、南アフリカのステレンボッシュ大学のふたつの「モルモット」チームの間であった。
実は、この書き出しは、シドニーの新聞の引用である。
ラグビー・コラムニストとして知られるスピロ・ザボス記者が『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙に書いた。
こういうことだ。次のワールドカップが終わった2008年、ラグビーのルールが大きく変わる可能性がある。その試案である「ザ・ステレンボッシュ・ロウズ」を用いた実験試合が行われた。
試案の主要な内容は以下のとおり。
A・ ブレイクダウンでは手を使ってもよい。いわゆる「ゲート」は通らなくてならない(横から入れない)。ノット・リリーシイングも反則。もちろんファウル・プレーは認められない。あとは手でボールを奪い合う。
B・15メートルラインの内側ならラインアウトに何名が並んでもよい。
C・モールを防御側が崩してもよい。
D・22メートルラインの外側からのパスで、あるいは走りながら戻って、22㍍ラインの内側にボールが運ばれたのちのタッチキックは「ダイレクト」扱い。
E・長い腕のペナルティーは(いわゆるペナルティー)は、オフサイドとファウル・プレーに対してのみ与えられる。あとは、すべて短い腕(フリーキック)。
F・タッチジャッジは、サッカーの線審のようにオフサイドを最優先に見る。
ザボス記者は「ステレンボッシュ」の試合をビデオ観戦している。以下、感想。
「選手がルールに慣れてからは、プレーがいきいきして、継続は盛んになった。(略)タックルされた選手たちはボールを体にくっつけて隠すことをやめて、できるだけ遠くへ置こうとしていた」
名物コラムニストの評価は上々のようだ。
さて最も重要と思われる「ブレイクダウンで手を使える」の意図は、明らかに、ルールの簡素化にある。前出のコラムによれば「30の規則がルールブックより削除される」。
レフリーはそれによってオフサイドとファウル・プレー(10条関連=妨害・危険など不正なプレー)の見きわめに専念できる。
南アフリカのステレンボッシュ大学は、ラグビー界における最良のシンクタンクのひとつである。かつてのミスター・ラグビー、故ダニー・クレイブン博士が研究室とグラウンドを往復しながら、たとえば現在と同じ「3・4・1スクラム」などを創造した。
そのクレイブン博士の持論は「ラグビーのルールブックは薄くあるべき」だった。
もちろん、これは試案であり、さらに実験の試合を重ねて、IRBに報告される。すでに幾つかの具体的な問題点も専門家からは指摘されているようだ。
いずれにせよ、近い将来のラグビーが「こういう方向」へ進むのは確かだろう。
ここは「国益」から考えたいのだが、まずモールを防御側が崩せるのは、ジャパンにとっては本来なら朗報のはずだ。これでスプリングボクスとも戦える(と思いたい)。もっともモールこそ昨今のジャパンの貴重な得点源という困った現象もなくはない。
ブレイクダウンで手を使える。これは、どうだろうか。ジャパンが海外列強から歴史的勝利を狙う立場では悪くない変更と見たい。ただし腕の長さ、ひじから下の力の強さで大きく劣るので楽観はできない。現状ではポイント到達の速度もおぼつかない。それでも大きな視点からとらえれば、パワーに速さで対抗しうる分野と信じておきたい。
これは直感に近い仮説だが、オフサイドを審判に厳密にチェックされると、案外、FWとバックスの防御での役割分担が以前のようにくっきりするのでは。
「ほんのちょっぴりはオフサイド」を許されないなら、あんなにFWばかりで防御ラインは構成できない気もする。攻撃法の変化とも関連するので、実際のところは、わからないが、ともかくルール変更が「さらにポジションの垣根を取り払う」のか「ポジションの意味を深める」のかは興味深い。
もうひとつ、ルールが簡素になり、ラックやモールでの肉弾戦の要素がやや薄れ、球が流れるようなゲームになるのだとすれば、だからこそセットの重みは増す。スクラムとラインアウトの強さの価値は相対的に高くなる。ジャパンのスクラム、ジャパンのラインアウトの研究を推し進めなくてはならない。またフリーキックの機会が増えて、そこからの速攻は主流となる。いまからペナルティーを含めてタップキックで速く攻める「クセ」をつけるべきだ。なるべくレフリーも止めないようにね。
■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。