コラム「友情と尊敬」

第44回「殴るな」 藤島 大

こんなにも殴っていたのか。このほど朝日新聞社が全国4214校の高校硬式野球部を対象としたアンケートを実施した。回答した指導者2528人のうち、実に、約70%にあたる1753人が「指導の中で体罰と考えられることをした」と答えた。

いささか、まわりくどい表現だが、つまり「体罰をした」ということだ。いや「体罰」という言葉がすでにオブラートにくるまれている。殴る。小突く。蹴る。引っ張る。倒す。そういうたぐいの具体的な力の行使が、かくも列島のあちこちのグラウンドに繰り広げられてきた。「いちどもない」は、たったの30%にとどまっている。

野球に限らず、他の少なくない競技も似た傾向にあると推測できる。ラグビーもまた。

先に結論を書くと「体罰はあってはならない」。
もうひとつ仮説として「体罰を施しても教え子に尊敬されるほどの人格と個性と指導能力を持っているなら、いささかの手間をかければ、体罰に頼らずとも同じ指導効果を得ることはできるはずだ」。

殴られてよかった。おかげで目が覚めて強くなれた。そういう個人的体験をお持ちの読者もおられるはずだ。いまの自分があるのも、あの監督のおかげです。わかる。よくわかる。

ここに、もうひとつの仮説が成り立つ。
「殴っても許されるほどの人間は世の中にいる」

実際、体罰という肉体と精神への重圧をうまく用いれば、迷える者の行動のきっかけとなりうる。よき指導者は、その厳然たる事実を熟知している。強烈な圧力によって「こんちくしょう」と奮い立ったり、あるいは「自分を変えなくてはならない」と、おのれの内面を顧みたり発見できたりもする。

しかし、そのことは、よくよく考えてみたら、たとえばラグビーにおけるコーチングにほかならない。殴らずに、あくまでもスポーツの枠の中のドリルやティーチングでもって、ときに強い圧力をかけて、選手ひとりひとりの覚醒や発奮をうながす。技術・体力・精神の安定・思考の力を伸ばす。場合によっては「追い込む」こともあるだろう。ぶっ倒れるまで走る。意識もうろうとしながら球を追う。首の皮むけてもスクラムを組む。これとてスキルの低いコーチが行えば危険を伴い、選手の心を荒廃させかねない。その意味においては「体罰」とも重なる。

つまりスポーツ指導の根底には「優れたコーチ」と「優れていないコーチ」があって、それぞれが「体罰容認」と「体罰否定」の領域にちらばっている。殴らないから「優れている」というわけではない。

そして、ここが大切なのだが、それでも社会の約束としては「絶対に殴るな」が正しい。

なぜなら「殴っても、いい監督はいるさ」と体罰を社会で容認したら、スキルが低く、人格や個性に未熟さを残す者、わかりやすく書けば「だめコーチ」までが殴り始める。オレをなめたな…そんな歪んだプライドと感情の制御不能で小突かれ、蹴られたら、それは選手という未来ある若者にとっての最大級の悲劇だ。

ここは、スキルに恵まれ、人格の成熟した「名指導者」の側が、若干、効果を得るのに時間と労力を要しても、殴らずに伸ばし、勝たせてみせるべきだ。

さて、こういう話に際しては、必ず次のようなことを言い募る人間が現れる。

すなわち「勝利至上主義が体罰を招く」。

ウソだと思う。まあ「勝利至上主義」の定義がぼやけているのだが、およそスポーツにおいて「とことん勝利をめざす」意志と努力は正当な価値だ。最初から「勝たなくてもよいさ。楽しもうぜ」と宣言するような指導者に教わったら、そこにいる人間の人生の楽しみは半減する。これもまた悲劇である。

感情の制御を欠き、権力の安易な行使として暴力をふるうような指導者は勝てない。そもそも勝利追求を深くとらえていない。本当に勝とうとするなら、それも選手の肉体的素質や環境に劣る側が勝とうとするなら、カッとして弱い立場の教え子を殴る余裕などありはしない。

なにより指導者が、少なくとも教え子と接する時間にあっては「最高の人格」であること、それは簡単でないから、最高の人格であろうと努力すること、栄光や感激のそれが前提なのだ。そのうえで本物のコーチングとは、必要に応じて、殴らずに殴る。だからこそ本当に殴ってはならない。

■ 筆者「藤島大」の略歴■
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。曼荼羅クラブでもプレー。ポジションはFB。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジン。週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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